こんにちは、小塚史晃です。
私は今、あるテクノロジーの誕生に恐怖を感じています。そのテクノロジーとはなんなのか分かりますか?
今、そのテクノロジーの登場によって今までの働き方、成功のの概念が変わってしまいました。
良い大学をでて、大企業、コンサルティング会社や金融機関に入社する。これが今まで中流階級の成功のロールモデルでありました。しかし、その恐怖の登場により私たちは働き方や人生というのを見直さなければいけない時代がやってきたようですね。
そして、私が恐怖に感じるそのテクノロジーそれは、AIとコンピューターです。
その恐怖を乗り越える方法に答えを出すため、落合陽一氏の著書『これからの世界を作る仲間たちへ』を読み、落合陽一さんと一緒に人口知能との付き合いについて考えてみました。
落合陽一氏プロフィール
出典:https://www.sensors.jp/member/y-ochiai.html
ホワイトカラーの仕事がAI(人工知能)に奪われる
会社で仕事をしていると、どれだけ合理的に働けるか、どれだけミスなくできるかなど、正確性を求められるスキルを要求されます。少しでもミスしようなら、使えない人間と烙印を押されます。
そして、今持っているリソースを生かし、どう会社をマネージメントしていくのか、それを考えるのがホワイトカラーの仕事でした。今までは合理的な判断をでき、経営をマネージメントできる、そんな頭脳労働ができる人が優秀な人材でした。
一方でブルーカラーは現場で働き、ホワイトカラーの指示で仕事をするので、どうしてもホワイトカラーが上でブルーカラーが下という風潮がありました。
それで、ブルーカラーになんてなりたくない、ホワイトカラーの職につくために、頑張って良い大学に入って、良い会社に入ろうとみんな受験勉強を頑張ってるんですね。
それ故、工事現場の作業員、とび職。職人など現場で仕事をする人たちよりも、ホワイトカラーの方が高給とり、ブルーカラーよりも世間一般的に立場が上でした。
本質的にはホワイトカラーもブルーカラーに上も下もありませんが、私の場合は高い給料が欲しかったので、マネーメントも学びましたし、英語も学びました。どこかでブルーカラーの職業を見下していたと思います。
しかし、AIとコンピューターの登場により、マネージメントなどのホワイトカラーの職はAIにとって替わるようになってしまいました。
経営判断とかマネージメントは会社の置かれた状況、あらゆる数字を分析しなければなりません。その分析ができ、合理的判断ができる人が優秀な人材だったんですが、その分析と合理的判断というのはまさしく、AIとコンピューターの得意とする分野なのです。
そうなると、ホワイトカラー存在価値は低くなり、ブルーカラーの方が立場が上になってしまうでしょう。
人間がAI(人工知能)の奴隷になる
私が中学生の時に見た映画にMATRIXという映画がありました。人間がロボットを動かすための電池に成り下がっているというお話です。電池になっている間は眠っていて、夢をみているのです。
AIの登場によりそういったことが現実を帯びてきました。
ホワイトカラーの仕事である、頭脳労働がAIに置き換わると何が起きるでしょうか?落合陽一氏はこう言います。
人間がコンピューターの下請けになる。
出典:これからの世界を作る仲間たちへ
それは、人間が 人工知能の指示に基づいて働くようになるのです。
まだまだ手先の器用さなどはロボットが人間の域に到達しいない域です。この分野ではまだ頑張れるかもしれませんね。もちろん時間の問題です。
人間である私たちが、AIの命令によって労働するあまり良い未来ではありませんね。もちろんAIも頭が良いので人間である私たちが気持ちよく働けるように、仕組みづくりはしてくれると思います。
命令だと気づかれないように、優しい上司のようにAIが私たちに声をかけてくれるかもしれませんね。
AI(人工知能)がまるで良き上司のように
よくやったね。
と褒めてくれるのです。
それでは人間はどう生きれば良いか?
ホワイトカラーの仕事はAIに奪われます。コンサルティング会社で勤めている人は、危機感を感じた方が良いですね。
そして、ブルーカラーのような仕事ができない人はどうしたら良いのでしょうか?
映画MATRIXのように、ロボットの電池になるしかないのでしょうか?
それとも映画ターミネーターのようにAIとの戦争をしなければ、ならないのでしょうか?
AIが人間でさえも合理的にマネージメントしたら、ある一定の人間は無価値と判断され電池にされてしまうかもしれません。
しかし、AIが支配する世界では、人によっては楽しいものかもしれません。それはバーチャルリアリティー(仮想現実)があるからです。
落合陽一氏は言います。
グーグルがカードボードというダンボール製のヘッドマウントディスプレイを生産し始めた時、『そうか、バーチャルリアリティーというのは超体験をもたらす文明の先進性の証明であるとともに、貧者にとっては、満たされない現実の代替でもあるのか。
出典:これからの世界を作る仲間たちへ
バーチャルリリティーが視覚だけでなく、味覚、や嗅覚などそういった部分まで発展すると現実と区別がつかなくなります。現実世界ではハワイ旅行に30万円かかっていたのが、1000円で楽しめるようになるのです。
だから未来のAIやコンピューターは電池としての価値しかない人間たちにこういうのです。
電池としての価値しかない、人間は夢でも見ながら、幸せに死ね。
現実のほうが辛いこともいっぱいあるし、夢見ながら幸せに死ねるならその方が良いっていう人もいるかもしれませんね。
もしくは
AI(人工知能)と共存するには
誰も気づかなかった問題がそこにあることを発見するところから始まります
と落合陽一氏は言っています。
そして、次の問いに答えることもヒントになると言っています。
- それによって誰が幸せなになるのか。
- なぜいまその問題なのか。なぜ先人たちはそれができなかったのか。
- 過去の何を受け継いで、そのアイディアに到達したのか。
- どこに行けばそれができるのか。
- 実現のためのスキルは他の人が到達しにくいものか。
たしかにこの質問に答えることができ、そのことについて研究できれば、人工知能にも存在価値が認められるようになりそうです。
まとめ
人口知能(AI)が支配する世界がきて職を奪われても、人間には電池として生きる価値があるので大丈夫そうです。しかも電池としての人生も、仮想現実(バーチャルリアリティー)の発展のおかげで結構楽しめそうですね。お金持ちになって女の子にモテモテの仮想現実の人生を楽しめるかもしれません。 要は本人がそれが仮想だって気づかなければ幸せなんです。
もし、人工知能に支配されない人生を歩みたければまずは、
誰も気づかなかった問題を発見するところから始めるといいですね。